冴えないおじさんとロレックス

満員電車は多くの人にとって苦痛であるが、私はそう感じない。2つ理由がある。まず、田舎では大人数で空間に押し込まれた状態に遭遇することなどない。地方出身者としてはユニークな経験だ。そう考えれば意外と楽しかったりする。そして人間観察ができる貴重な時間でもある。

ぎゅうぎゅう詰めの状態では本は読めないし、朝はボーっとしているので、もっぱら人をみてる。今日は、目の前で座っていたおじさんが腕時計をずっと眺めていた。頭おかしい奴はいっぱいいるので、こいつもそれかなと思い、目線をよそに移したのやが、いや待てよ、こいつの時計は高級腕時計なのではないか?と思った。確認するとロレックスである。

冴えない感じの、その辺にいるおじさんである。スーツも地味だ。しかし時計だけは金色に輝いている。それを愛おしそうに触れ、飽きもせず眺めている。豚に真珠とはこれのことだろう。

私は高級腕時計を買うのはくだらんことやと思う。ましてや庶民が100万円ほどする時計など持っても意味がなかろう。他の物はふつうで腕時計だけ高級なものを持っていればアンバランスでむしろカッコ悪い。しかしこのおじさんは表情にこそ出してなかったが、本当にうれしそうだった。心の満足度が70万円分あるのかはわからないが、この人はいい買い物をしたのだなぁと感じた。

彼は電車を降りる前に、ロレックスを手首から外し、バッグに入れた。たしかに一介のサラリーマンがロレックスして仕事するのは社会通念上おかしい。常識はある人だ。ふつうのおじさんに安物のバッグやけど、中にはロレックスが入っている、なんて誰も知る由はない。結婚しているなら、嫁も知らないのではないか。彼は今夜、帰宅の電車で座れたならば、今朝と同じように腕時計を眺めるのだろう。明日の朝も、同じように…。