ツバメの雛を助ける

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あるサービスエリアでツバメが巣を作っており、雛が3羽いたのやが、1羽が巣から落ちてしまった。雛が巣から落ちるのはよくあることで、自然界では落下で死なずとも、以降に生き残ることはできない。ただ今回は、糞害を避けるために巣の下に発砲スチロールを置いてあり、雛はそこに落ちたので元気である。彼は運がよかった。

当然、ほっとくわけにはいかないが、如何せん彼は野生なので安直に助けるのは気が進まぬ。だから様子を見ていると、驚くことにエサをやりにくる親が落ちた雛に一切かまわない。その雛もピーピー鳴いているので気が付かないということはないだろう。これでわかったのは、ツバメの知能は想像していたよりもかなり低いのではないかということ。私ら人間からみれば、ツバメはみな同じにみえる。しかしながら親はさすがに自分の子は判別できるだろうと思っていたが、どうやらできないみたいだ。そして子供が3羽いたのに2羽しかいない、あれ、おかしいな、下に1羽いるので自分の子が落ちたのではないか-----、という判断もできないみたいだ。べつにツバメが頭よかろうが悪かろうが私に関係ないが、ちょっとショックを受けた。

私が見始めた頃は、落ちた雛も親が来るたび一所懸命鳴いていたが、途中から鳴かずに奥に引っ込んだ。事実かわからないが、スズメは4時間以上何も食わなかったら死ぬと何かでみたことがある。たぶんそれは事実ではないが、この雛も長時間食べてないので弱っているのではないかと思った。ということで助けようとしたが、3人の年配者にこう言われた。雛に人間が触ると、人間の臭いがついて、親がその雛を攻撃するようになる、と。実際にこのサービスエリアで人に助けられた雛を親がしつこく攻撃して巣から追い出したことがあるという。そんな話は初めて聞いたのでほんまか?と思ったが、複数人が言っているし、ありえそうではある。重要なことなのでネットで調べると、実際はそんなことはないみたいだ。ということで表から椅子をもってきて、お店の台に載せて、発泡スチロールを覗き込む。おもしろいことに、人間が目の前に現れて雛も内心ギョッとはしたのだろうが、逃げたり鳴いたりはまったくしなかった。ずっと人間を上から見ているので、慣れているのかもしれない。早く作業を終わらしたかったので、雛の正面から掴もうとすると、さすがに雛はビクッとして反射的に後ろに下がろうとした。そりゃそうだ、どう考えても怖いだろう。ちなみにこの雛がいた場所は、糞の塊の上だった。捕まえて巣に戻してやると、自分で進んで戻っていき、奥に行って動かなくなった。久しぶりに家に帰って安心したか。この際に2羽も驚いたはずやが、リアクションはとくになかった。やはり人馴れしているのかもしれない、これがスズメならリアクションなしにはならんだろう。作業を終えるとおばちゃんに、「親が来なくてよかったね」と言われて気づいたが、たしかにそうだ。そして下で様子をみていると、時間が経つと落ちた雛も親が来ればエサをねだるようになり、そして親も排除するような行為をしなかったので、一件落着である。ツバメに触るのは2年ぶりだった。

さらに時間が経って下から見上げると、1羽が私を凝視している。3羽のうち1羽は一回り大きく、彼ではないのはわかる。もう2羽の区別がつかないが、この凝視している雛は助けた雛かもしれない。何が起きたか理解できてないだろうが、私のことはわかっているのかもしれない。彼はこちらをずっと見ていたので、なにか不思議な感じがした。

もう既に、3羽とも巣立ちしたとのことで、よかった。これから東南アジアあたりに行くのだろう、生き延びて、次は子供を産む親として、日本に帰ってきてほしい。f:id:suzaku-umenoya:20170924230944j:plain

 私を見ている

葛西海浜公園で泳ぐ

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江戸川区葛西臨海公園の先には葛西海浜公園があり、夏には海水浴ができる。数年前から一週間の期間限定で泳ぐことができ、今年から一か月ほど泳げるようになった。かつての東京湾は泳ぐなどもってのほかというほど水質が悪かったが、近年は改善されたらしい。ここの素晴らしいところは、東京都で唯一の海水浴場だということ。そして私の家から10㎞しか離れていない。海で泳ぐために千葉や伊豆などにわざわざ行かなくてもよく、私にとってはたいへんにありがたい存在である。ということで今年は何度もここで泳いだ。

葛西で泳ぐ際に気を付けねばならないのは、干潮やと水位が低すぎて泳げないこと。満潮でロープがされている限界まで進めば頭が浸かるほどの水位になる。知らなかったが、干潮満潮とはべつに潮目というものがあり、小潮のときだとまったく水がない。一度知らずに行くと、泳ぐなど不可能で、干拓みたいになってて驚いた。

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 ディズニーランド

 

ここに行く目的は泳ぐことやが、当然、疲れるのでずっとは泳げない。ということで他の遊びはカニを捕まえること。名前を知らなかったが、紫色の、大きいものだと手のひらよりもでかいカニがたまにいるので潜って捕まえる。このカニの習性はおもしろく、海から出すとおとなしく、水の中に戻すとすぐ逃げようと動く。そしてなぜか腹を掴むと足を高速でバタバタさせて嫌がる。

海水浴の開催期間が終わったある日、地元の商店街を歩いていると魚屋があり、箱が置いてある。何かの生き物がいるので好奇心から覗くと、私が捕まえていたあのカニ達がいて驚いた。この邂逅のおかげでこのカニの名が「ワタリガニ」やと知ることができた。つまり食うことができるのだった。だから彼らは本気で逃げてたんだな。ちなみにワタリガニは俗称で、ガザミが本来の名とのこと。

この海水浴場は存在するだけでありがたいので文句つけるつもりはないが、雨が強く降ってきたら海から引き上げさせられる。私からすれば雨ぐらいでそんなことするなよと思うが、ただ、泳いでる人は子供もいるのでこの対応が正しいのだろう。もし死人が出れば、たいへんなことにはなる。私個人の考えでは、土砂降りだろうが泳がせてほしい、どっちみち濡れてるのやから。大して深くもない海で溺死したら、それはそいつの責任である。

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 先には東京ゲートブリッジがみえる

 

駐輪場から海まで10分ほど歩くが、後半で気づいたのは、裸足で歩けば楽しいということ。足裏はツボがあるので裸足で歩くのは健康によいと思う。けれど、健康のために裸足で歩こうなんて言ってるのを聞いたことないが、なぜだろう。裸足で歩いてたら刺激があって気持ちいい。ただすれ違う人に奇異な目でみられる、やっぱり裸足で歩く場面が日常でないからおかしいと感じるのだろう。

ということで、葛西海浜公園の海水浴はほんとうに素晴らしいと思っている。来年も行きまくりたい。プカプカ浮いてると、海っていいなと感じる。この感覚の起因が遠い先祖が海中で生活していたから----であれば、ロマンがあってたいへんよろしい。

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 橋を渡れば海水浴場

 

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 左が海水浴場で、先は都心

 

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 葛西臨海公園は広く、自然豊か

 

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  大きな観覧車もある

 

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  セミとも遊びたいの

立石寺(山寺)に参拝する 山形市

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立石寺(りっしゃくじ)は通称「山寺」とよばれ、立石寺は知らなくても山寺でなら知っている人はいるだろう。ここは山形市から15㎞ほどの距離の場所にあり、アクセスよい。この記事を書くために地図をみると、山形市の隣は仙台市で、おそらく市内から市内は60㎞ほどしか離れていない。2都市間の移動をしていないので知らなかったが、これほど近いことに驚いた。下道の交通量がわからないが、流れよいなら2時間もかからず行き来できるだろう。山形市内の人はしょっちゅう仙台に遊びにいっているのかもしれない。私ならそうする。

山寺といえば、まずは松尾芭蕉奥の細道について思う。「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」の素晴らしい句は誰もが知っている。今の山寺は多くの参拝客で賑わっているので静けさを感じることはできないが、当時は静かだったのだろう。もちろん人気がなかったという意味ではない、当時は今と比べれば人口は少ないし、旅は気軽にできるものではなかった。誇張でなく、長旅は生死をかけてするものだった。ということどもを考えると、当時の山寺の雰囲気が微かながらも想像できる気がする。ちなみに芭蕉奥の細道で多くの句を詠んだが、松島で詠んだといわれる句は彼のものではない。

立石寺の最大の特徴は、「なんと素晴らしい土地にあるのだろう」。それを感じるだけでもここを訪れる価値はある。まずは根本中堂があり、階段を登ると五大堂や奥の院がある。五大堂から周りを眺めると感動した。下の写真にもあるが、場所柄、山寺も修験道が盛んだったのではなかろうか。お寺自体も、境内の広さも高所から眺める景色のすべての魅力を含めて考えると、東北を代表するお寺だと思う。

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 根本中堂

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 ここでお金を払って、階段を上がっていく

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 奥の院

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 五大堂

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 五大堂からの眺め

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私のお寺巡り

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出羽三山神社に参拝する 山形県鶴岡市

出羽三山神社がある羽黒山は、昔から山岳信仰が盛んで、東北における修験道の聖地のような場所である。初めの鳥居をくぐってすこし歩くと、川と滝が現れる。なるほど、これらは修験道に相応しいなと思った。さらに歩くと左手に羽黒山五重塔が建つ。この五重塔は有名で、東北旅行のポスターに使われるケースもあり、なんと国宝である。目の前に立つと、あまりの美しさに感動した。さすがは国宝だ。多くの五重塔をみてきたが、羽黒山五重塔がもっとも美しく素晴らしい。おもしろいことに背は高くなく、五重塔のなかでは低い部類に入るだろう。考えてみると、奈良にあるのがわかりやすいが、五重塔は平地に建てられている。山の中にあるのは珍しいだろう。よくぞこのような場所に建てたものだなと思う。羽黒山五重塔をみるためだけに鶴岡へ来る価値はある、それぐらい立派な建造物だ。f:id:suzaku-umenoya:20170902233231j:plain

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神社は山の上にあるので、ひたすら階段を登っていく。同じスタイルのものは香川県にある金毘羅さんこと金刀比羅宮である。ここも長い長い階段を登っていく。私は香川で住んでいたので、金毘羅さんにはよく参拝した。ただし両者に違いはあり、金毘羅さんは多くが山の側面を進むが、出羽三山神社は山の中を登っていく。ちなみに石段は2446段あるとのこと。

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神社に着くと、5月で雪が残っている。考えてみれば鶴岡あたりの冬は雪が積もる、いや豪雪地帯かもしれない。したがって冬は参拝できないのだろう。平地の神社に比べ、山の奥にある神社は聖なる気を感じるし、たいへんな思いをして辿り着いたので達成感もある。お寺もあるのは、ここが修験道の地だからだろう。それにしても、今ならこのような場所でも車などで材料を運べるが、当時に神社をつくるのは想像できないほどの難工事になる。よくつくれたものだなと不思議に思う。

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 寺

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私の神社巡り

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東北ツーリング③ …青森市~三内丸山遺跡~弘前~秋田市~羽黒山~山形市~米沢~喜多方~会津~東京

青森市内で宿泊し、まずは三内丸山遺跡に行く。ここへ行ってみたいと以前から思っていた。この集落は、山の幸、海の幸と食料が豊富にあり、この地の縄文人はかなり豊かな生活を送っていたようだ。遺跡が発見されたのは1995年あたりで、当時のことは知らないが、青森にこれほど大きな縄文時代の集落があるとは考えられていなかったので、大きなニュースになったことだろう。

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次は三内丸山遺跡からさして遠くはない弘前へ向かう。弘前城は江戸時代からの天守が残る東北唯一の城で、さらには日本一といわれるほどの桜の名所でもある。ちょうどこの時期は見頃なので楽しみにしていたら、なんと昨日の雨で多くが散ってしまったという。せっかく遠路はるばるやって来たのに残念だ。城から近い、日本最北の五重塔がある最勝院にも行く。

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 ・・・

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羽州街道日本海へ向かう。弘前を離れると雨が止んでいたこともあり、この道は愉しく走れたことを覚えている。空気が美味しく、山々の景色が綺麗だ。秋田市に近づくと雨が降ってきた。秋田市内で宿泊。起きると本降りで、しかも寒いからバイクに乗りたくないと本気で思ったが、一日留まる日程の余裕はないので、気合い入れて走る。秋田市から100㎞ほど南下すると酒田で、そして鶴岡に入り、羽黒山出羽三山神社へ参拝する。酒田あたりで雨が止む。羽黒山は昔から修験の地として有名で、たしかに山から霊気を感じる。1時間ほど山道を登っていかないと神社へ辿り着かない。参道の途中に、東北最古の塔といわれ、かつ国宝の羽黒山五重塔がある。塔を眺めていると、あまりの美しさに感動した。

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12時ぐらいに羽黒山を出、山形市まで向かう。引き続き雨が止んでいるのですごくうれしい。10kmほど走ると最上川に出会う。私は中学生のときに「五月雨をあつめて早し最上川」の松尾芭蕉のおくのほそ道の俳句を知って以降、最上川に憧れを抱いていた。最上川沿いを通る鶴岡街道を走り、最上川が非常に綺麗で感動した。東北の自然はほんとうに凄い。15時過ぎに山形市にある山寺に着く。これもまた、芭蕉の詠んだ句から想像できる通り、素晴らしいお寺である。

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17時ぐらいに山寺を出発し、米沢まで走る。米沢では上杉神社に参拝し、田沢で宿泊。

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 道の駅「田沢」の横を流れる鬼面川

 

あくる日はやっと晴れてくれた。喜多方まで行き、ラーメンを食べる。店主がピリピリしており私語などできる状況ではないのでみなさん集中して食べていた。味は素晴らしい。

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喜多方から会津は近い。会津若松城がかなり大きな城だったので驚いた。お城に登って会津の景色を愉しみ、次に白虎隊が自決した飯盛山へ行く。階段を上がった土産屋で話をすると、下の土産屋は元々このあたりで住んでいた人達ではなく、たんに商売をやっているだけで、上の墓がある場所には来ることさえしないという。戊辰戦争後に、名前は忘れたが会津側の人間で、裏切ったか何かをした人の子孫が飯盛山に来たときに、急に雹(ひょう)が降ってきたという。土産屋での話を終え、自決した場所へ行くと、若いカップルが墓の前でピースサインをして写真を撮っていたのでぶん殴ろうかと思った。白虎隊の人達が炎上する城を眺めた場所に立ち、私も城下町をみる。江戸で血が流れなかったために、会津戦争が悲惨になった。

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f:id:suzaku-umenoya:20170816043652j:plain会津行きをもって、東北ツーリングは終わろうとしている。日光街道を南下し、200㎞、あるいはそれ以上の距離を走って東京まで帰る。振り返るとバイクが故障したり、雨がよく降ったりと厳しい修業になったが、東北の魅力ある場所にたくさん行くことができて満足である。東北が大好きだ。

恐山に参拝する 恐山菩提寺

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恐山は下北半島の先にある。大阪や東京に住んでいれば遥か遠くにありにけり、となる。恐山と私の最初の関わりは、20歳のときに北海道ツーリングをし、帰りは本州を走っていこうと思ったので、夜に函館からフェリーで大間へ行き、真っ暗の道を走ることになった。危ないと思ったのと疲れていたので公園で寝ることにしたが、この近くには有名な恐山がある。そこは霊場なので、幽霊が出るのではないかとビビりながら寝たのを覚えている。あれから7年ほど経ち、初めて恐山に行く機会を得た。寺の名は菩提寺という。

この日は残念なことに本降りである。恐山の性格を考えれば、雨のほうが雰囲気出ていいか?そんなことない、次いつ来れるかわからないほど遠いので晴れた日がいいにきまっているが、こればかりはどうしようもない。

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境内に入ると、なるほど霊場の雰囲気がある。日本三大霊場は恐山と高野山延暦寺で、私はそのすべてに行ったことあるが、高野山延暦寺霊場と呼ばれるに相応しいスピリチュアルな土地である。先人はきちんとそれを感じて、このような土地に寺院をつくったのやと思う。強い硫黄臭があり、参拝者が置いていった小銭が溶けるほどのガスが出ている。

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寺の人から聞いておもしろかったのは、恐山の水子供養の風車は有名やが、これは寺が始めたのではなく、参拝者がやり始めて、いつの間にか定着したとのこと。もともと恐山は水子供養に力を入れていたわけではなかったのだ。

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恐山まで行くのはなかなか難しいが、私のようにお寺参りに関心がある人にとっては行く価値はある。というか、一度は訪れねばならないだろう。本州の最果てだからこそあのような霊場が生まれたのやと思う。

 

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 宇曽利湖

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私のお寺巡り

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平泉を訪れる 中尊寺・毛越寺・無量光院・義経堂

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平泉は約100年ものあいだ、栄華を誇った奥州藤原氏の拠点である。奥州藤原氏の初代は清衡で、彼が中尊寺を建立し、ここに有名な金色堂がある。二代目は基衡で、彼が毛越寺(もうつうじ)を、三代目の秀衡が無量光院を建立する。そして四代目の泰衡の代で鎌倉幕府に滅ぼされ、奥州藤原氏の歴史は終わる。

平泉に多大な関心を抱いていたので、訪れることができてうれしい。今はゴールデンウイークで、バイクに乗って平泉へ向かっていると雨が降ってきた。もちろん晴れているほうがいいが、雨の境内は趣がある。

月見坂を進むと、まずは左手に弁慶堂があり、その先の右手に本堂がある。さらにそこから奥へ進むと左手に金色堂である。金色堂は冒頭の写真の建物のなかにあり、拝観料を払って観ることができる。なるほど、実際に観ないとわからないことだなぁと思ったのは、実はそれほど大きくはなく、高さは4mぐらいだったと記憶している。これはすべてを金で作っており、それほど奥州藤原氏の領土で金が採れたということでもあり、豊富な資金力を要した証左でもある。たとえば金閣寺は金箔を貼ってあるだけで、金でできている金色堂とはまったくちがう。マルコ・ポーロの「東方見聞録」で黄金の国・ジパングと日本が紹介されているが、日本で金が豊富に採れるというソースは金色堂からきているといわれている。

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 桜と北上川f:id:suzaku-umenoya:20170826001039j:plain

 本堂

 

中尊寺から直線距離で500mほど離れた地に、基衡が建立し、秀衡が完成させた毛越寺がある。毛越寺中尊寺を凌ぐほどの繁栄をしていたといわれており、土地の半分ほども占める大泉が池という浄土庭園がある。頻繁にしているのか、たまにしかやらないのかわからないが、鹿踊りを観ることができた。

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 左手には御朱印

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毛越寺からすこし離れた場所に無量光院跡がある。名のとおり無量光院は再建されておらず、池しかない。池しかないが、この地で目を閉じて佇んで、800年以上前に繁栄した都市を想像する愉しみがある。私も入館した平泉文化史館に展示してある有名な奥州藤原氏の絵図には、上に初代の清衡がいて、下に並んで基衡、秀衡がいる。一族を滅ぼした泰衡は悪い奴とされているのでそのなかに加わってないが、その認識は間違いかもしれない。なぜなら幕府が攻めるきっかけとなった義経の保護をしたのは秀衡だからだ。したがって泰衡はバカだと決めつけることはできない。

都から遠く離れた平泉では、防衛をさほどは強化していなかったはずで、それは泰衡の責任ではなく誰が統領であっても幕府から攻められれば負けていただろう。

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最後は義経の死に場所といわれている義経堂へゆく。義経にとっては殺されたので嫌な場所だろうが、この地から北上川を眺めると、非常に美しい景観で感動する。平泉を訪れた芭蕉が素晴らしい句を残した理由が理解できる。司馬遼太郎氏は義経を、「日本史が得た最初のヒーロー」と評した。ちなみに昨日の8月26日に氏原作の「関ケ原」が上映された。私は原作を持っていて、非常におもしろい小説だ。関ケ原の戦いはいろんな角度から考えることができるが、私が挙げる勝敗を決めた最大のポイントは、三成の嫌われっぷりである。こういうEQが0の時点で総大将になってはいけない。

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東京以西に住む人にとって、平泉へ行くのは大変である。が、歴史好きなら一度は訪ねたい土地であり、わざわざ遠くから訪れる価値はある。

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 中尊寺の本堂

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 毛越寺 入口

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 義経

 

私のお寺巡り

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東北ツーリング② …一関~平泉~野辺地~むつ~青森市…

5月の岩手は当然、寒い。道の駅「厳美渓」で震えていると、地元のおじいさんが私に近寄ってきて、「これをあげるよ。見てて可哀そうだよ」とビニール袋をくれた。これはたまたまではなく、東北の人はよく言われるとおり、本当に親切な人が多いのだった。おじいさんは同情しているのでなく、私を本気で心配していた。こちらは好きで野宿をしていて、かつてはさんざん野宿をしてきたので寒いぐらいでは音を上げないが、他人様に心配かけさせてしまったのは申し訳ない。ちなみに今はもう、野宿はしません。

道の駅で50代ぐらいの男性と話をすると、京都から車で来たという。被災地を見にきたのだった。「自分には何もやれることはないけど、現地に来て、何か物を買ったりしてお金を使うことぐらいしか自分にはできないから…」と彼に言われ、私は感動した。これ以降、地震などの被害に遭った地域には、募金などでなく、現地に行ってお金を落とすのが私のできる行動だと考えるようになった。名も知らぬ彼から大切なことを学んだ。

私が泊まった厳美渓はとても素晴らしい景観で、さすがは東北やなと思った。有名な観光地らしい。

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ずっと行きたいと思っていた平泉は、期待を裏切らずたいへん魅力のあるお寺であった。いや、現在は寺がメインになっているが、ここは奥州藤原氏の住む都市だったので、全体を感じたい。義経が死んだといわれている場所から北上川を眺めると、あまりの美しさに感動し、しばらく動けなかった。東京から遠いので難しいが、平泉にはまた訪れたい。

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平泉を出発し、奥州街道をひたすら北上する。盛岡を越え、青森に入ると南から一戸、二戸、三戸…と続いていくのはおもしろかった。驚いたのは、五戸あたりの真っ暗な奥州街道を走っていると、体感温度がぐんと下がった。近くではないが、ちょうど西には十和田湖があり、このあたりを境に気温が変わるのかもしれない。七戸あたりに着いたときは18時か19時ぐらいになっていて、ガソリンの残量が少なくなっていた。ただ幹線道路なのでどこかにガソリンスタンドがあるだろうと思っていたが、これは都会の感覚で、あるにはあるが、閉店時間が早いのだった。ということで目的地の青森市まで走れない。田舎では早めに給油せねばならないことをうっかり忘れていた。野辺地まで走り、警察署があったので、ガソリンを売ってくれませんかとお願いすると、「ここは警察署なのでガソリンは売れません」。そりゃそうだ。たしか市内のガソリンスタンドはもう閉まっているとも言われたと思う。では公園で野宿するので、近場の公園を教えてくださいと言うと、25歳前後の若い警官に、

「ぼくも東京に行ったことありますが、田舎と東京は違うのです。公園で野宿なんてしてたら住民に通報されるので、それはやめてください」

通報も大事やが、雨も降っていたし、その状況下の青森で野宿するのはさすがに無理かなとも思ったので、たしかコンビニで宿を教えてもらって「ビジネスランド 豊楽」という宿で泊まる。風呂場が広く、部屋も清潔で久しぶりにきちんと眠ることができ、疲れがとれた。10時ぐらいに野辺地で給油し、下北半島を走る。

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下北半島も天気悪く、運転を愉しむ状況でなかったのは残念だった。100kmほど走るとむつ市内に入り、まずは100円ショップに行き、Tシャツを5枚ほど買って重ね着する。むちゃくちゃ寒いのだった。そしてホームセンターに行き、カッパを買う。これで一応は雨の中も走れる体制にはなった。

目的地は恐山である。市内から5㎞ほど走った山の中で、バイクが突如として「バンッ!」と音を出し、走らなくなった。驚くことにチェーンが切れた。今、私がいる場所は下北半島の先っちょで、つまり本州最北端である。故障する場所としては最悪だろう。それに加えてゴールデンウイークは多くのバイク屋が休みである。とどめは雨が降っている。あのときの絶望感は今でもよ~く覚えている。すべて投げ出したい気分になるが、そういうわけにはいかないので、私にできることはバイクを押して市内に戻り、バイク屋を探すこと。通行人にバイク屋を教えてもらい、そこへ行くと、ありがたいことに営業している。「営業中のバイク屋を見つける」という第一段階はクリアした。第二段階は、そのバイク屋にチェーンがあるかどうかである。事情を説明し、バイクを見せて、バイク屋の人が近所のバイク屋?に電話し確認すると、なんと中古のチェーンがあるという。バイクがぶっ壊れたときは自分の運の悪さを呪ったが、なぜか後々はうまく事が運んだ。チェーンを交換してもらい、バイクは復活する。最後は、代金はいくらになるのかなと思った。というのも私には選択肢がなく、追い込まれている。つまりいくらでもふっかけれるわけだ。すると中古のチェーンと整備費用で正しい金額を請求されてビックリした。東北の人やから、足元みて高額請求などしないのだろう。むつ市内にある「橋本自転車店」は素晴らしいお店です。私にとっては恩人だ。もしバイク屋が見つからなかったら、バイクを置いて電車で青森市まで行き新幹線で帰京し、連休明けにむつを再訪し、バイクを直して配送で東京に戻すという、大変な手間と金がかかる行為をしなければならなかった。本当にありがたい。店にはおじさんと20代ぐらいの若い人がいて、後者に冬の恐山の道路は深い雪に覆われるので、スノーモービルで遊びまくると言われ、写真を見せてくれた。冬のむつの生活は大変だろうが、スノーモービルは羨ましい。

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バイクの故障という恐ろしい試練を乗り越え、恐山へ再び向かう。何が楽しくて雨の青森を走らねばならんのかとも思うが、天候はどうしようもない。恐山は霊界と繋がっているといわれているが、たしかに怖い雰囲気がある。夜に一人でここに来るのは無理やと思わせる土地だった。この地から遠い東京で住んでいれば、再び訪れる機会を作るのは難しい。

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15時30分ぐらいに恐山を出発し、130㎞ほど離れた青森市に向かう。このときも雨が降っていたので、どうしようもないこととはいえ、当時の自分は根性あるなと振り返って思う。今はもう、雨の中をバイクで走るのはキツい。せっかく下北半島を走っているのに、雨で楽しめなかったのは哀しい。青森市内で宿泊。

東北ツーリング① 被災地を走る 東京~南相馬~仙台~松島~一関…

私は学生時代にCB400SF(NC39)で北海道ツーリングをし、函館からフェリーで大間に入り、4号線で東北を縦断したことがある。このときは走るだけでどこかに寄ることはしなかった。ということで走ったことはあるが、本格的な東北ツーリングは今回が初めてとなる。東京の自宅を出発し、6号線を北上する。福島に入り、福島第一原発ちかくの双葉町では通行止めになっている。原発の20㎞圏内は立ち入り禁止で、このあたりの住民は強制退去させられているので、町が無人化している。廃墟になっている町を初めてみて、改めてショックを受けた。バイクで現場を見て回る。南相馬市で宿泊。

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 道の駅「南相馬

 

翌日は南相馬から北上するが、このあたりは津波の被害が大きい地区だ。津波から1年経っているが、被害が甚大なので復旧は進んでいない。家などがすべて津波にやられてしまい、建物が何もない広い土地をみると天変地異の恐ろしさを思う。津波に襲われた人達の恐怖は大変なものだったろう。こんな大きな船が陸まで流されるので、大津波がやってきたらどうしようもない。

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海に向かうと、たまたま行ったところが伊達政宗がつくらせたといわれる「貞山堀」だった。土地の人と話をし教えてもらう。

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仙台に入る。仙台に来るのは久しぶりで、走っていて驚いたのは、中心地の区画整理がきちんとされており、非常に走りやすいこと。日本の都市では珍しいと思う。青葉城跡に行き、ここに宮城縣護國神社があるのでお参りし、そして仙台市内を眺める。素晴らしい景観で感動した。雪が降り、積もるので冬の生活は大変やが、春夏秋は住み心地のよい街なのではないかと感じた。仙台が好きになった。

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次は政宗の霊廟の瑞鳳殿(ずいほうでん)に行く。霊廟なら地味な造りかと日本人の感覚では思うが、日光東照宮のような派手なものである。もしかすると、政宗の好みなのかもしれない。

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市内から20㎞ほど走ると、松島に着く。松島には伊達家の菩提寺である瑞巌寺(ずいがんじ)がある。本堂へ歩いていると、津波がここまで来たと書いてある看板がある。瑞巌寺は国宝で、境内は素晴らしい雰囲気であるが、残念なことにたしか本堂やったと思うが、修理中だった。

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松島である。松島に行きたいと強く思っていたのですごく嬉しい。想像した以上に素晴らしい景色で感動した。時間があれば、ずっと景色を眺めていただろう。

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 有名な鑑賞地点は山を登る

 

夜に長距離を走るのは避けたかったが、松島に魅せられて遅くの出発となる。奥州街道に入る頃には既に暗くなっていた。奥州街道は江戸時代の五街道のひとつで、由緒ある街道である。このあたりは田舎なので、街灯はあれど、ほぼ真っ暗の中を走ることになったが、交通量は少ない。したがって後から振り返ると危ないのですべきではなかったが、スピードを出しまくってひたすら走る。100㎞ほど走って、目的地の岩手県一関に着き、宿泊。なぜ真っ暗のなかを走ってまで一関まで行ったかというと、明日に訪れる目的地が奥州藤原氏栄華の地、「平泉」だからである。

かわいいワンコ

海老名サービスエリア下りで、とんでもなく可愛いワンちゃんがいた。私は死ぬほど犬が好きなので横で見ていると、飼い主がエサを私にくれたので、ワンちゃんにご飯をやることができた。すごくおとなしいワンコで、飼い主がかわいがって飼っているのがよくわかった。

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「柏献血ルーム」で献血 60回目♡

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千葉の柏献血ルームには3年ほど前に行ったことがある。そのときは次に予定があったので、献血後すぐにルームを去ったため休憩する時間がなく、そのためどんなルームだったかあまり覚えていない。ということで再訪を楽しみにしていた。東京の自宅を出て、環七の内回りから水戸街道に入り、24㎞、50分でルームと提携している駐車場に着く。ルームは柏駅から歩いて2分の場所に立地するビルの5階にある。ちなみに柏のルームは以前はそごうの中にあったとのこと。そのそごうも去年の2016年に長い歴史に幕を閉じた。閉店後は、柏駅周辺の人の流れが変わったという。

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ルームは森をイメージした造りとなっており、床やテーブルなど、木材を多用していて居心地が良い。自動販売機を木材で囲っているのはおもしろいと思った。コンセプトは吉祥寺のルームと同じである。私は医師の診察で質問を用意していた。以前に献血のニュースを見ると、献血を多くしてきたある人がいて、彼は献血する一週間前から断酒するという。酒を飲まない方がいいのかどうか知りたかったので質問すると、献血時の血液の状態に前日の飲酒は関係ないとのこと。関係あるなら酒を飲むのはやめようと思っていたが、そうでないならこれからも飲もう。

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検査の採血をし、基準をクリアしていたので献血はできるが、看護師さんに「血小板献血でお願いします」と言われた。私は血小板と血漿献血可能日にズレがあり、今日は血小板献血の可能日に達していない。ということで今回も血漿である。本番の採血の準備ができると、多くのルームでは渡されたアラームで知らせるが、柏はアナウンスで知らせる。同じフロアにトイレがあるが、トイレでもアナウンスが聞こえるようになっていてちょっと驚いた。

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採血室には看護師さんが8人ほどいて、ベッドは14台にみえたが、HPには16台と書いてある。採血が終わり、待合スペースでルームにある記事に目をやると、なかなかおもしろい。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              他国の献血事情について書いてある記事を読むと、イタリアでは「献血有給休暇」という制度があり、オランダの献血ルームは8時~22時までやっているとのこと。日本も全てのルームがする必要はないが、オープンの時間が早かったり、遅くまでしているルームがあってもよい。特にあればうれしいのは、遅くまでしていれば仕事終わりに献血できる。日本のだめなところのひとつは横並びである。献血ルームも、もっとそれぞれに個性があってよいと思った。

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 駐車場まで戻ると、前輪の前に張り紙が貼ってあり、ここは車の駐車場で、バイクは別にある、今回は車の金額を頂きます、といった趣旨のことを書いてある。私は車とバイクの駐車場は同じ場所やと思っていたが、別れているのだった。車ならルームから3時間分、たしか1200円分ほどの立替をしてくれるが、バイクなら8時間200円とかなり安い。8時間もの時間があるなら、もっと早くにルームに行き、一番乗りができたと思うと残念である。もう柏献血ルームには行かないだろうなと思っていたが、この失敗を取り返すために、1年後ぐらいにまた訪れるかもしれない、と思った。

 

私の献血ルーム巡り

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千葉の献血ルーム巡り

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BMWのバイクとクルマを見に行く S 1000 RRとM760Li xDrive

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「S 1000 RR」はBMWスーパースポーツモデルで、このクラスは日本車の独壇場だったが、2009年にBMWがS1000で参戦してきた。消費者にすれば選択肢が増えるので喜ばしいこと。性能に関してはS1000に乗ったことないのでわからないが、ライバルと比較した結論はわかる。性能に差などない。全てのメーカーが本気で作っているのが1000㏄のSSなので、みんな凄い。したがってSSを買うなら好みで選べばいい。みんなそうやが、S1000のデザインも非常にカッコいい。S1000の特徴は、非対称のヘッドライトの形状である。非対称デザインを成立させるのは難しいと思うが、カッコよく仕上げるところにBMWのデザインのレベルの高さを感じる。他には、日本車は最後発のGSX-R1000の発売をもってして、4車のメーターがフルデジタルメーターになり、1000㏄のSSでタコメーターがアナログなのはS1000のみとなった。メーターは運転中に常に見るものなので、それも立派にひとつのデザイン上の特徴として挙げられると思う。

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S1000について考える際に、もっともおもしろいなと思うのは価格である。約220万円で、日本車のSSと価格がほぼ変わらない。本来なら、クルマと同じくBMWのバイクは同じクラスの日本車より高価である。それはブランド料も含まれていると思うが、最大の原因は日本車よりもパーツにコストをかけているからだ。ではなぜSSでは価格が近いかといえば、日本車もSSに関してはコストをかけて作っているからである。BMWと同じように作っているということ。私は日本メーカーを応援したいと強く思っているので、SSを買うなら日本車にすると思うが、その気持ちがなければBMWを買うだろう。憧れのBMWを日本車と同じ価格で買えるなんて素敵だ。

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ところで私は、バイクのリアシートには、以前に乗っていたCB400SFに一度、乗っただけである。そしてバイク屋でバイクに跨るときは、サイドスタンドで停まった状態なので、リアシートには座れない。ということでバイクの後ろに乗る機会はあまりなかったことになるが、このショールームでは半数のバイクが地面に固定された状態で展示してある。したがってリアシートに座れる貴重な体験ができた。それぞれの後ろに座ってみると、たとえばK1600GTのリアシートは素晴らしく快適であったが、S1000のリアシートに座ってビックリした。リアシートの面積が狭いのは見ればわかるが、座るとあまりに小さい。これは絶対に怖い、こんな左右に揺らされたら落っこちてしまいそうなシートに座って100㎞/hぐらい出されたら、ジェットコースターの比ではない恐怖感があるだろう。というか、危ないだろう。SSのリアシートはエマージェンシー用で、2人乗りするバイクではない、と今回やっと理解できた。たしかに考えてみると、SSで2人乗りをしているのを見かけたことない。

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クルマは「M760Li xDrive」に座ってみた。これは7シリーズの最上級モデルで、V型12気筒、6,6リッターのターボエンジンを積み、最高出力は610ps、最大トルクは81,6kgmと凄いエンジンである。12気筒エンジンは珍しく、日本車ではセンチュリーだけで、私はセンチュリーを少しだけ運転したことがあるので12気筒エンジンを味わったことはあるが、同じ12気筒とはいえ7シリーズのそれはパワーがまったく違う。したがってどんな加速をするかなど、エンジンについての想像ができない。価格は2420万円で、消費税でアクアが買える。NSXやウラカンと同価格ですね。運転席に座ると、インテリアの質感の高さ、デザインの良さに感動する。ただ、ボディが大きいので運転しづらいのではないかなぁと思った。慣れるのかもしれないが、これほど大きければ運転していて愉しくないような気がする。リアシートに座ると、当然ながら世界中のクルマのなかでトップクラスの快適性がある。しかしながらこのクルマの後ろに乗って出勤したい…とは思わない。私はクルマ好きなので、後ろでふんぞり返るのではなく死ぬまで自分で運転したい。このM760Liはいろんな意味で私とは無関係のクルマやが、素晴らしいクルマであることはよく理解する。100㎞ほど運転してみたい。今秋に発売されるレクサスの新型LSはこの7シリーズやSクラスなどと戦わねばならない。日本人なのでLSに勝ってほしいなとは思うけど、それは難しいだろう。

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さて、BMWについて書くと、私はミュンヘンにあるBMWの本社に行ったことがある。そして四輪と二輪の両方を作っているメーカーはホンダとスズキとBMWだけである。したがって私は、BMWが大好きだ。好きではあるけれど、縁はないのでただの片思いである。

東京モーターショーで、ベンツとポルシェは展示車に鍵をかけており、客がシートに座れないようにしていたが、BMWは鍵をかけておらず、7シリーズにも座れた。そのときに思い出したのは、BMWは80年代ぐらいに日本市場では赤字やったが、それでも一所懸命クルマを売っていた。なぜかというと、日本のお客は世界で一番、品質を見る目が厳しい。したがってその日本で成功しなければBMWの未来はない…と彼らは考えていたのだった。東京モーターショーで鍵をかけていなかったのは、80年代のBMWの考えが今も続いているのではないか…と考えて感動したのである。

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このように、BMWは走りにこだわるメーカーとして独自のブランドを確立し、バイクも作っていて、バイクもまた強烈な個性を持っているという素晴らしい会社である。将来、もっとバイクにくわしくなって、BMWのバイクに乗り、日本車とはちがう素晴らしい個性を理解できたなら、私がBMWのバイクに乗る日はいつかやってくると思っている。

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BMWのバイクを見に行く F 700 GS  G310R  K 1600 GT…

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BMWのバイクは強烈な個性を持っているので、日本車にとって強力なライバルである。魅力を挙げると、ひとつひとつのパーツに質の高い物を使っており、その結果、質感の高いバイクが出来上がる。BMWはクルマでも走りのよさにこだわるメーカーなので、当然バイクでもそこは妥協しない。そしてBMWのブランドイメージもよい。たとえばクルマなら、一番安いモデルなら300万円台で買えるが、ふつうBMWを買うとなれば、500万円以上はする。ただバイクなら日本車より高いとはいえ100万円台から買えるので、バイクで憧れのBMWに乗る、というのは正しい考えだろう。日本車を愛する私でも、一度はBMWのバイクを所有してみたいと思っている。当然それらを逆にみると、価格は日本車よりずっと高くはなる。ということで去年にできたお台場のBMWショールームに行く。ここのよいところは、庶民でも気軽に立ち寄れること。ふつうのBMWのディーラーだと、着ている物が計1万円もしない私が行けば、警察を呼ばれて逮捕されてしまう。

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まずは「F 700 GS」。これは日本車でいえばホンダのNC750だろう。75psとパワーはそこそこやが、着座位置が高く、荷物をたくさん載せることができ、ロングホイールベースなのでまっすぐに走るには安定していて楽だろう。したがってツーリングには素晴らしい相棒になる。ただし、ブレーキはブレンボで金をかけているが、正立フォークである。130万円のバイクで倒立フォークでないとはいかがなものか。1000㏄のアフリカツイン、V‐Stromは140万円ほどで倒立フォークである。全体をみても、お金をかけて作ったという雰囲気は、BMWとして見ればあまり感じない。そういう意味でBMWらしくはないと思うが、ヘッドライトの形状が非対称なのはBMWのデザインだ。おもしろいのが横に位置するガソリンの給油口で、このメリットは荷物を載せたままで給油できること。人に聞いたので確実に事実かはわからないが、これはBMWの特許やとその人は言っていた。ホンダがNCでこれをやりたかったが、その理由から断念したらしい。

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次は発売されたばかりの「G310R」。これの特徴は、普通自動二輪免許でBMWに乗れる。そして税込58万円という安さでBMWに乗れること、である。走りがよいかどうかはわからないが、そこそこよいのであれば素晴らしい。そしてなんといってもBMWのバイクに60万円程度で乗れるなんて夢のようなできごとだ。「何のバイクに乗ってるの?」と聞かれ、「BMWに乗っている」と答える自分の姿を想像してみよう。生産国はインドやが、安いのに倒立フォークとそこは正しくBMWだ。デザインもそれなりにカッコいいので、世界規模で売れるモデルになるだろう。

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お次は「K 1600 GT」で、これはもうThe BMWといったバイクだ。デザインのレベルが非常に高い。日本車でいえばヤマハのFJR1300と同じカテゴリーのバイクやと思う。コストを贅沢にかけて作ったであろうことが、見るとよく伝わってくる。エンジンはなんと6気筒!ものすごいスムースなエンジンの回り方を味わうことができるだろう。走りも素晴らしくよいはずだ。FJRや隼、ZX-14Rと比べると、デザインの質感が1ランク違うなと思う。こういうバイクを作れるところがBMWの凄いところであり、日本メーカーが真似できないところでもある。その代わり価格は300万円なので、たとえばトヨタの86よりも高い。ただその金額分の価値は十分にあると思う。細部のパーツひとつひとつに金をかけていて、その結果としてこういう完成度の高いバイクになる。K 1600 GTで北海道ツーリングに行けば、どんなに愉しいことだろう。日本車の上限は200万円程度やが、こういう300万円クラスの奥深いバイクも作ってほしいと思う。

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安房神社に参拝する 安房国の一宮 千葉県館山市

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安房神社(あわじんじゃ)への参拝は7年ぶりぐらいだ。千葉の最南端に立地し、安房国の一宮である。東京からここへ来るには200㎞ほど走らねばならないので、参拝客は普段から少ないのかもしれない。その代わり山に囲まれ、境内も広く、本殿周辺を歩いていると気持ちよい。この辺りには多くの野鳥が生息しているらしく、バードウォッチングするルートがある。1泊する旅であれば、鳥を見ながらゆっくりするのも楽しいだろうなと思った。このように自然豊かな房総半島であるが、おもしろい歴史はない。頼朝が平氏と戦う際に滞在していた、とか、日蓮の生誕地だとか…。歴史の表舞台には出てこない土地である。ということで他に書くことはないので、館山の青々とした空のように広い心で、安房神社の綺麗な写真を眺めて楽しんでもらえればうれしいです。

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 本殿から参道を眺める

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私の神社巡り

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GSR750と千葉ツーリング③ 東京~鴨川~館山~鴨川~東京

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7時10分に自宅を出発し、357号線で千葉駅を越え、茂原街道に入りすこし走ると、やっとツーリング気分になれる。とはいってもまだ田舎ではないので飛ばすことはできない。茂原公園で40歳ぐらいの男に、「今からどこに行くの?館山!いいなぁ、おれも一緒に走りたいよ」と話しかけられる。公園から5㎞ほど南下すると、ぐんと交通量が減り、このあたりから千葉ツーリングが始まった感じ。70㎞ちかく走らなければ始まらないのはちと残念。大多喜街道から465号線に入ったところでよい風景に出会ったので、初めて写真を撮る。

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鴨川で太平洋まで出、そこからは海岸線を逆時計回りで南下する。道の駅「鴨川オーシャンパーク」で130㎞走行していた。時刻は10時35分。今回は房総半島の最南端まで行く。館山へはバイクで行ったことがなく、7年ほど前にクルマで一度、行ったことがあるだけ。館山には人があまり住んでいないのだろう、交通量も少なく、走っていて愉しい。先の見えないまっすぐな道のフラワーラインを走っていると、北海道ツーリングを思い出した。道の駅「ちくら・潮風王国」では海を見に行く。カニとヤドカリと遊ぶ、カニは東京湾にもいるが、ヤドカリを捕まえたのは久しぶりやと思うのでけっこう嬉しい。ヤドカリは臆病なので、捕まえられた状況ではいくら待っても体を出してこないことの方が多い。11時55分に道の駅を出発する。

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 勝浦上野大多喜線(177号線)

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 道の駅からの眺め

 

南房総で人気のある道のひとつに安房グリーンラインがあり、そこを走ってみる。なるほどここでは飛ばそうと思えば、前にクルマがいなければ150㎞/hぐらいで走れそうな道だ。ただ、地元の人に道を聞いた際に、グリーンラインではたまにバイクの事故があると言っていた。やっぱりみなさん飛ばすのだろう、いやそのためにわざわざ遠くの館山まで来ているのか。取り締まりもたまにしているらしい。このあたりには有名な手彫りトンネルがあり、それを見たいと思ったが、どこにあるのかわからない。これかなと思って進んだ道は途中から舗装されておらず、先がどうなっているのかわからないので引き返す。とはいってもせっかくここまで来ているのやから、どうしても見てみたい。さっきの人とは違う地元の人に尋ねると、手彫りトンネルは何か所かあるとのことで、そのうちの1か所を教えてもらい、行ってみる。雰囲気はよかったけれど、感動するようなものではなかった。まあそういうことだってある。ちなみにこの人は語尾に「だっぺ」と言っていた。千葉市あたりの言葉は東京ことばに大きく影響されているけど、南に行けば言葉が違うと聞いたことがあったが、これで理解ができた。やっぱり現地に行くのは大事だ。

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 安房白浜トンネルは長い

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以前のドライブの際に、安房神社へ行ったのやが、今回も参拝する。有名な房総フラワーラインを走ったが、まっすぐな道でかなりよい。ここまで来るのに200㎞ちかく走っているので、房総半島の先は東京からは遠い。

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 対岸は三浦半島

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以降は帰り道になるが、残念なことに疲労を感じる。あと100㎞以上残っているのに…。いつもは鴨川より南には行かなかったので、総走行距離は230㎞程度に収まっていたが、今回は館山に行ったぶんの100㎞が増える。わかったことは、夏に250㎞以上を走るのは厳しいということ。30度以上の天候下で、バイクの厚い服装は肉体的にも精神的にもかなり疲れる。次に館山へ行くのは涼しくなった秋がいい。夏に300㎞も走るのはあかんなと、今回の千葉ツーリングで学んだ。

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 総走行距離 360㎞

 

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